緊急避難中の事故

事案

一般客Aはデパートの6階にいたところ突然火災警報機が鳴り響いて、外に緊急避難することとなった。エレベーターの使用は禁止され、Aは階段を使って避難をしなければならなくなった。Aは急いで階段を駆け下りていたところ、突然膝に大きな衝撃を感じた。Aは避難中に6歳の女児を蹴り飛ばしてしまったのだ。Aの膝と女児の首のあたりが接触し、女児はおよそ6メートル階段を転げ落ちた。Aは急いで女児Bを抱き抱え、共に避難したが女児Bは、その後病院に搬送されて亡くなった。死因は、階段から落ちた際、後頭部を強く打ったことによるものである。女児Bの母Cは女児Bの死亡は、AによるものだとAを告訴した。Aは、女児Bの死亡の原因は火災によるものだと反論する。Aはいかなる罪で処罰されるか、または処罰されないか。

答案

 女児Bの死亡の因果関係について、火災がなければAは緊急避難をする必要がなかったし、女児Bが死ぬこともなかったと言える。したがって火災と女児Bの死因には条件関係が認められるが、Aが緊急避難時に注意を怠らなければ起こり得なかった事案であると言え、女児Bの死亡とAの実行行為には相当因果関係が認められる。Aは避難中、他者を巻き込む可能性を認識していたかもしれないが、認容はしていなかったと思われる。避難中、突然膝に衝撃を感じたというところからも推察できるが、行為者は当該実行行為直前に規範に直面しておらず、反対動機の形成もできなかったといえる。よって、故意は認められず過失傷害(刑法209条)の加重累計である過失致死(刑法210条)の構成要件を満たす。

(過失傷害) 第209条
過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

(過失致死) 第210条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

Aの緊急避難は違法性阻却事由にあたるか。緊急避難は緊急の事態で、国家機関による権利保護の時間的余裕のないところで、私人がその正当な権利の保全のため例外的な実力行使を行うことである。Aは犯行時点、自身で法益の保全をする状況にあったといえ、緊急避難と言える。しかし、違法性が阻却されるか否かの判断は、保全法益と被侵害法益の間に法益均衡が取れているか。また実行行為が法益保全のための最後の手段として行われているか(補充性を満たしているか)が争点となる。(法益均衡と補充性を満たす必要がある。)保全法益はA自身の身体であり、被侵害法益は女児Bの身体であるから法益均衡は取れているが、実行行為後、女児を抱えて避難しているところ、緊急避難には相当の時間の猶予があったにも関わらず、Aは取るべき注意義務を怠ったと認めざるを得ず、最終的な手段によって発生したとは認められない。よってAの避難行為は補充性を満たさず違法性阻却事由には当たらない。

メモ

①相当因果関係と法的因果関係

 このような条件関係と相当因果関係が異なる場合において法的因果関係(行為の危険性が結果として現実化したといえるか否か)はどのように記述するべきなのだろうか。