数故意犯説と一故意犯説

事案

 Aは、ボーガンを用いてBに向けて攻撃したところ矢はBを貫通し、Bの後方を偶然通りかかったCにも命中した。Bは重症を負ったものの一命を取り止め、Cは死亡した。このような場合、Aはいかなる罪にあたるか。学説を用いて、詳しく説明せよ。

答案

因果関係の検討

 Cの死亡とAの行為には因果関係が認められるか。本件において、Cが死亡したのはAがBに向けてボーガンを撃ち、Bを貫通した矢がCに命中したのであって、Aがボーガンを発射しなければ、Cの死亡は実現していない。よって、Aの行為とCの死亡には、条件関係が認められる。また、Aの行為の危険性が結果として現実化したと言えるので、Cの死亡とAの行為には、法的因果関係が認められる。

故意の検討

 また、AがBに向けてボーガンを撃つ行為は、殺人罪(刑法199条)の構成要件に該当する現実的危険性を有する行為であり、さらにAは当該実行行為を認識・認容している。Aは規範に直面し反対動機の形成が可能であったにも関わらずあえてその行為を行っていることに対して強い道義的非難が認められ、よって、Aの実行行為性には故意性があると言える。しかし、AはCを認識しておらず、当該実行行為について認容していない。刑法は38条1項は、「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」としている。AはCを殺す意思を有しないところ、刑法38条1項によって殺人罪を適用できないか。

(殺人)第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

(故意)第38条
 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

具体的符号説(反)

 このような具体的事実の錯誤において、具体的符号説は犯人の意思も含めて構成要件に具体的に一致しなければ故意を認めないとしている。Aの行為は目の前のBを殺す意思を有しているが、後方を通りがかったCを殺す意思を有していない。よって、AはBに対する殺人未遂とCに対する過失致死が妥当であって、殺人既遂を適用するのは妥当ではない。

(未遂罪)第203条 第百九十九条及び前条の罪の未遂は、罰する。

(過失致死)第210条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

法定的符号説(判・通)

 このような具体的事実の錯誤において、法定的符号説は構成要件的評価として一致すれば構成要件的故意を認めるとしている。Cはいずれも「人」であるところ、AはCという「人」を殺している。刑法199条は、対象を「人」としており、「具体的な人」を要請していない。客体の錯誤、方法の錯誤、因果関係の錯誤の如何を問わず、「人」を殺す意思を有していれば、故意があるとするのが妥当である。よってAはCに対して殺人既遂を適用するのが妥当である。次にBに対して、殺人未遂を適用すべきか、過失傷害を適用すべきかという別の論点が生じる。

一故意犯説(反)

 一故意犯説は、処罰範囲の不当な拡大を防止し、最も重い結果に対し1個の故意犯を成立させれば足り、それ以外の結果は故意がないものと認める。本件ではAの実行行為によってCが死亡しているから、AはCに対する殺人既遂、Bに対する過失傷害(刑法209条)を適用するのが妥当である。

(過失傷害)第209条
 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

数故意犯説(判・通)

 数故意犯説は、発生した犯罪事実の数だけ故意犯を成立させるべきであって、処罰範囲の不当な拡大防止は観念的競合として科刑上一罪(刑法54条)によって実現できるものであるとし、Aには、Bに対する殺人未遂を適用するのが妥当である。

(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)第54条
 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
 第四十九条第二項の規定は、前項の場合にも、適用する。