錯誤取消

事例

 Aは、Aが所有する甲土地の近くにゴミ処理場ができると噂を聞き、地価の暴落を懸念して甲土地の売却を決定し、これをBに売却した。しかし、本件噂はCによって作出されたものであって真実ではない。Bは、甲土地をCに対して売却した。Aは、甲土地を売却してから3年経った頃ゴミ処理場が建設される事実がないことを知り、甲土地の売買契約を取り消したいと思い立った。しかし、甲土地上にはCが経営するコンビニエンスストアが建設されている。Aは甲土地の売買契約を取消し得るか。

答案

 Aは、甲土地の売買契約を取消し得るか。Aは、基礎事情が真実に反する錯誤に陥り甲土地を売却している。このような動機の錯誤について、民法95条1項2号は、「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤に基づく契約は、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。」としている。しかし、同法2条はこのような動機の錯誤による取消しは、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。」としており、更に同条3項は「表意者の重大な過失によるものであった場合には、・・・意思表示の取消しをすることができない」と来ている。したがって、AB間の売買契約締結時において、Aが売却する理由または目的を明示していない限り、動機による錯誤取消しは認められないし、Aに重過失が認められる時は、取消しは認められない。反対に、AがBとの売買契約締結時にその事情が法律行為の基礎とされていることを明示しており、Aが無重過失の場合、AB間の売買契約は取り消すことができる。(事情を明示しており、取消しできたものとして答案を進めます。)

(錯誤)第95条
 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

 ところで、AB間の契約締結時点から3年が経過しているが、取消権は有効か。民法126条は、取消権は行使できると知った時から5年間している。したがって、Aは民法126条に基づいて取消権を行使することができる。取消権が行使されると、遡及効の原則によって初めから無かったものとなる。(民法121条)

(取消権の期間の制限)第126条 取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。

(取消しの効果)第121条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。

 Bは、本件噂を流布したCに対して甲土地を転売しているが、AはCに対して本件土地の返還を請求し得るか。民法95条4項は、「善意無過失の第三者に対抗できない」としているが、Cは悪意の第三者であるところ、AはCに対して甲土地の返還を請求できる。

メモ

表意者の重過失

噂を聞きつけ、噂を信じたAに重過失がないかと言うと、微妙なところだと思うけど。評価をどのように行うべきだろうか。

法律行為の基礎となる事情の表示

民法95条2項は「意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。」としているが、裁判所は黙示的なものでも可としている。これは、相手方が悪意または有過失である場合を想定しているのだろうか。きっとそう。

民法704条を適用するか

答案では、取消しできるとしているがCは既にコンビニエンスストアを経営している。この場合、悪意の第三者であるCには704条を適用するのが妥当なのか。それとも703条?原状復帰?

(悪意の受益者の返還義務等)第704条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。

(不当利得の返還義務)第703条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。