抽象的事実の錯誤

事案

 Aは、隣の家の窓ガラスを破壊するつもりで拾った石を窓ガラスに向かって投げ入れたところ、たまたま窓ガラスは開放されており、室内に居たBに当たり、Bは全治2周間の怪我を負った。Aはいかなる罪で処罰されるか。

答案

 Aは、窓ガラスを壊す意思をもって投石を行っているところ、器物損壊(刑法261条)の故意が認められる。しかし実際に発生した結果は、器物損壊は発生しておらずBに怪我を追わせる行為であるところ、客観的には傷害罪(刑法204条)が認められる。

(器物損壊等)第261条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

(傷害)第204条 人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 このように、主観的な故意と客観的な結果が異なる構成要件にまたがる錯誤を抽象的事実の錯誤と言う。このような場合、通説(法定的符合説)は保護法益が重なっていることを前提とした上で、「構成要件と実質的に重なる部分」を処罰するとしている。(刑法38条2項)

(故意)第38条
 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

 しかし今回の事案ではAは器物損壊の故意があったが、傷害罪の結果は期待していない。これら2つの罪は、保護法益が異なり、構成要件と実質的に重なる点がない。よって、Aの行為は故意性を欠き処罰されない。

メモ

 刑法は、事案と結果が概ね私たちの認識と一致するが、この最終的な結論はあまりに予想外な結果となった。予想と結果が大きくハズレて驚いた。

①行為の危険性が顕在化した場合は?

・自転車を廃棄する目的で、高層階から自転車を投げ捨てて偶然通りがかった通行人を死傷させる場合
・空に向かって発砲し、弾が落下することによって人が死ぬ場合
・時限爆弾を道に設置し、道を壊す意思をもって(通行人の有無を確認しないで)起爆する行為

これらはどちらも過失致死であって、殺人ではないのだろうか。

②意思の確認方法

意思は外部からは正確に確認できないものである。それでは実務上、意思の存在および内容をどのように確認しているのだろうか。

回答

故意の認定においては、間接事実(状況証拠)が重視され、行為時の行為者の心理状態が推認される。たとえば、被害者が刺殺されたケースにおける殺意の認定に際して考慮される事情としては、①創傷の部位・程度、②凶器の種類、用法、③動機の有無と内容、④犯行後の行動などが挙げられる。