誤想過剰防衛

事例

 空手の有段者Xは、夜間帰宅途中に酩酊したA女とこれをなだめるB男とが揉み合ううちA女が尻もちをついたのを目撃し、B男がA女に暴行を加えていると誤解し、A女を助けるべく両者の間に割って入った。その後Xは、A女を助け起こし、次いでB男の方を振り向いたところB男が両手を差し出していた。XはB男がファイティングポーズをとっていると誤信し、B男の顔面付近に回し蹴りを加えた。B男は、頭蓋骨骨折等の重度の傷害を負い、その後死亡した。Xの行為は、いかなる罪に問われるか。

答案

 有段者Xの行為は、傷害罪にあたるか。Xは、規範に直面し反対動機の形成が可能であったにも関わらず、あえてB男の顔面付近に回し蹴りを与えているところ、犯罪事実を認識・認容しており故意性が認められる。また、当該実行行為の危険性が結果として現実化したといえるから法的因果関係も認められる。したがって、Xの行為に暴行罪が認めらる。更にB男は頭蓋骨骨折等の重度の傷害を負い、その後死亡しているところ、暴行罪の加重類型である傷害致死罪が成立する。

(暴行)第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

(傷害致死)第205条 身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。

 Xの行為に違法性阻却事由は認められるか。Xは、B男がA女に暴行を加えていると誤解している。正当防衛は、急迫不正の侵害があり、防衛の意思があり、防衛の必要性があり、更に防衛行為に相当性がある場合に認められる。客観的には、急迫不正の侵害はなく、防衛の必要性もないが、Xはこれを誤信している。また、仮に客観的に急迫不正の侵害・防衛の必要性が認められたとしても、Xの防衛行為に相当性は認められない。したがって、XにはA女を防衛に係る正当防衛は認められない。

(正当防衛)第36条
 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

 Xに有責性阻却事由が認められるか。Xは、Bがファイティングポーズをとっており殴られると思っている。その心理的に圧迫された状態で行為に出ているという点で、やむを得ない部分が全く無いとは言えない。したがって、36条2項による減免の可能性を認めるべきである。

メモ

 有責性の検討で、刑法36条2項を適用することには疑問が残る。なぜなら、そもそも刑法36条それ自体は違法性の検討に用いるものであると理解しているからである。有責性の検討は、行為者の心身衰弱または心身耗弱についてのみを検討するのではないのだろうか。