無銭飲食犯に対する法的解釈

事案

 加害者Aは、レストランBでの注文時において支払いの意思を有していたが、食事を終え自身の財布を忘れたことに気付き、店員の目を盗んで無銭飲食を働いた。

私なりの答案

 加害者Aの行為は、刑法246条1項・同条2項ないし同法235条の罪にあたるか。これらいずれの罪も故意を要する。(刑法38条1項)

第38条(故意)
 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

刑法246条(詐欺罪)に当たるか

(詐欺)第246条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

 246条1条の構成要件は①故意(刑法38条1項)を持って、②欺罔行為を行い、これらによって③相手方に瑕疵ある意思に基づく財物の交付行為が必要である。

 故意とは「犯罪事実の認識(・認容)」であり、その本質は「規範に直面し、反対動機の形成が可能であったにも関わらず、あえて行為を及んだことに対する強い道義的非難」である。①本件で故意性が認められるのは、食事が済んだ後に「会計をせずに逃げる意思決定」であって、本件加害者は注文時点では支払いの意思を有していたため、当該注文行為時点において無銭飲食をせしめる故意性は認められない。

 ②の注文行為は欺罔行為にあたるか。客観的には当該注文行為は社会通念上支払意思が伴う行為であり、相手方の「交付の判断の基礎となる重要な事項」を偽る行為である。注文行為それ自体は欺罔行為であると言える。

 ③相手方に瑕疵ある意思に基づく交付行為があったか。③の欺罔行為によって店員は財物である食事を提供しているため、相手方に瑕疵ある意思に基づく交付行為があったと認められる。

 したがって、注文時において加害者は故意を有していないため246条1項違反とはならない。仮に、加害者が会計を免れる故意をもって欺罔行為を用いてレストランBの店外に出ているのであれば、財産上不法の利益を得ているため246条2項違反となる。

刑法235条(窃盗罪)に当たるか

 それでは、本件の逃走行為について窃盗罪は成立し得るか。

(窃盗)第235条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 刑法235条の構成要件は、①故意および②不法領得の意思をもって③他人の財物を④窃取することである。

 ①加害者Aは会計をするべきという規範に直面し、その反対動機の形成が可能であったにも関わらず、会計をせずに逃げる行為に及んだことに対する強い道義的非難が認められるため、故意性が認められる。

 ②不法領得の意思について、レストランBで提供された食事は一時的な利用といった概念は認められず、レストランBは加害者Aの行為によって不利益を被っているため、不法領得の意思は認められる。

 ③および④に該当するか。会計をせずに逃げる行為は、財産上不法の利益を窃取する行為であるが、他人の財産を窃取したとは言えない。

 したがって、③の要件を欠き、加害者Aに刑法235条違反とは言えない。

メモ

①「財物」の定義。

 レストランはその業務形態上、食事をするための一時的な場所の占有権・調理・食事の提供および接客など役務全般の提供をしているため有体性説にいう「財物」には当たらず、タクシー料金と同じ類である「財産上の利益」にあたるように思うのだがどうだろうか。一方でレストランでテイクアウトの注文は「財物」にあたるように思う。財物にあたるのか利益にあたるのか、その理解が不十分なので、更に勉強が必要。

回答

 有体物の定義は、空間の一部を占めて五感により覚知できる物質を指す。具体的には、個体・液体・気体(電気と熱はその対象外)。飲食店において提供される食事は、個体または液体であるから有体物に該当する。一方で、お金を請求する権利は債権であるから、有体物に含まない。法的利益とは、そのような債権を指す。

②不作為犯として、処罰できないか。

 店員の目を盗んで、店外に出る行為は取引上の信義則を侵す行為である。財布をもっていない為に、支払いができないことを告知する義務があったにも関わらず、当該行為をしなかったことを理由に不作為による欺罔として246条2項として処罰できるのではないだろうか。

回答

 詐欺罪は交付意思に働きかけて錯誤により判断を歪める犯罪なので、店員の目を盗んで逃げる行為は意思に対する働きかけに欠け、詐欺にはできない。お釣りが多いのを黙って受け取る行為に不作為の欺罔を認めて詐欺にする見解もあるが、そのような状況でもない。なお、誤振込みで告知義務を認める最高裁は継続的取引関係にあることを考慮しているので、一回的な取引関係の飲食店で告知義務を認めることにはならないのではないか。

③不法領得の意思をどのように記述すべきか。

 詐欺罪には、その性質上、不法領得の意思を構成要件に含む(書かれざる構成要件)ように思えるが、不法領得の意思は故意の要素の一部であるとも言える。不法領得の意思は、構成要件として検討する必要があるのだろうか。

回答

 窃盗罪、詐欺罪いずれも不法領得の意思について検討する必要がある。故意とは、内心的効果意思のみを指す言葉であって、そこに悪気の有無は関係しない。これに対し、不法領得の意思は、悪気を有する内心的効果意思を指すから、故意とは別に記載する必要がある。

回答に対する質問

 故意とは「実行行為(特定の構成要件に該当する現実的危険性を有する行為)の認識・認容であって、その本質は、規範に直面し反対動機の形成が可能であったにも関わらずあえてその行為に及んだことに対する強い道義的非難」とするなら、故意の中に既に不法領得の意思を包含しているようにも思う。

回答

 不法領得の意思とは、権利者を排除し(権利者排除意思)、他人の物を自己の所有物と同様に利用しまたは処分する意思(利用処分意思)であって、故意の本質とは全く異なる。

④窃盗罪の保護範囲は?

 仮に、窃盗罪の保護範囲に「法律上の利益」も加えれば、無銭飲食犯に対しても対応できる。現法制を文字通り解釈すれば、タクシー利用客が「俺は金を払わん、降ろせ」と言えば、欺罔行為を行っていないから詐欺罪には該当しないし、タクシー利用料金は財物ではないから窃盗罪も保護範囲に含まれない。勿論、脅迫罪や強要罪など別の法律を検討することは可能かもしれないが、利益それ自体を保護することができない。保護範囲を利益に対しても広げることに不合理な点があるのだろうか。

回答

 もし利益窃盗を刑罰化すると、債務不履行が犯罪になってしまう。そうなれば、窃盗罪の処罰範囲が過度に広範になってしまう。